タクシー用語

流し

 流し、とは、文字通り、車を走らせることだが、タクシーの場合、町中を走らせながら、お客さんを探すことを意味する。
 決して、町中をギターをポロンと鳴らしながら歌を唄って流して歩くわけではない。台所の流し台を思い浮かべる必要も、ない。
 無線が好き、流しが好き、駅やホテル、会社、人気の寿司屋やラーメン店などに付けるのが好きと、運転手によって好みは様々。一般的に流しのみで営業できるのが理想とされている。

駅に付け待ち

 駅には大概、数台程度のタクシーが客待ちできるようなスペースが用意されている。ま、3台程度分だろうか。それさえも、トラックや乗用車に占拠されている場合が多い。そんな中、不況ということもあって、この数年、何処の駅でも空車は10台以上も列を為している。
 待っている間、運転手は雑誌を読んだり、携帯でお喋りしたり、煙草を燻らせたり(最近は、東京に関しては車内で運転手が喫煙をすることは禁止されている場合が多いのだが)、駅を行き交う人の様子を漫然と眺めたり、地図を広げたり、競馬の予想をしたり、欠伸をしたり、屁をしたりする。
 列の途中だし、付近にお客もいないのに、訳も分からず、不意に客席のドアーが空いたり、ウインドーが開いたりしたら、それは、運転手が屁をしたと思っていいかもしれない。
 ちなみに、主人公である運転手君曰く、小生は屁はしない。ゲップもしない(ローンは抱えているが)。なぜなら、空気を運んでいるどころか、霞を喰って生きているんだから、などと嘯(うそぶ)いているが、その真偽のほどは、皆さんが自らの鼻を以って確かめてほしい。

空気を運ぶ

 空気を運ぶとは、タクシー運転手の一部で使われる俗語で、空気を運んでいる、つまり、お客さんを見つけられず、空車で走っているということ。
 お客さんを降ろした直後などは、当然、空車だが、その段階では空気を運んでいるとは表現する必要はない。
 十分…、二十分…、やがて三十分と走っているにも関わらず、お客さんと遭遇できないでいると、焦る心境になり、「空気を運んでいる」と皮肉っぽく、哀れっぽく、自嘲気味に表現してしまうわけである。

タクシーは接客業

 小生は、タクシーが接客業であり、サービス業でもあって、愛想を振り撒くことも時に必要だということに、仕事に携わってから気が付いたものである。
 タクシードライバーはさ、一度、会社を出れば、後は自由なのさ、ドライバーが社長みたいなものよ、そんな甘い言葉に釣られた奴が馬鹿だったのである。
 尚、この会話をした時点では、かのSグループのトップが株などの問題で逮捕されるずっと以前だったことを断っておく。運転手、最低限の社会的常識は持ち合わせている…。もしかしたらお客さんが関係者かもしれず、政治や宗教、社会問題を運転手の側から話題として提供することはありえない。
 あくまでお客さんのお喋りには応じる、というのが基本的なスタンスである

タクシー車内とは

 本来は、車内というのは、お客さんにとっての居間なのであり、乗っている間、電話したり、化粧したり、窓の外を眺めたり、世を儚んだり、運転手にひと目惚れしてみたり、屁したり、これから行く店で何を買うかに思いを巡らせたり、嫌煙ムードの高まる中、唯一の寛ぎの場として煙草を燻らすなり、自由な空間なのである。
 車内を汚さないなら、飲食も可能である。ゴミが出たなら、床に捨てないで、運転手に渡して処分を任せるのも随意である。
 粗大ゴミは御免被るが。それと、ゲロも嫌だ!
 タクシーに乗るとは、何をするしないが自由な束の間の寛ぎの時間と空間、束の間の居間を買うことでもある。
 つまりは、タクシー車内とは、リビングでありプライバシー空間なのである。
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