秋祭…後の祭り(4)

ところざわまつり」がどのような契機で始まったのか、小生は知らない。s-DSCF0286.jpg

1.「ところざわまつり」の歴史」によると、冒頭に、「「ところざわまつり」は、山車が中心のお祭。明治初期から山車の曳きまわしが行われ同後期には9月15日に催される神明社・秋の祭礼に各町内から山車が集るようになったと伝えられております。その起源については、明確ではありませんが、所沢にのこる山車の購入や制作年代から類推すると、明治初期からと考えられまs-DSCF0287.jpgす。」とある。

「山車が中心のお祭」ならば夏の祭っぽいのだが、当初から秋の祭として始まったようでもある。
「市制施行を記念する「ところざわ山車まつり」は5年に1度2日間開催されます。」ということで、「前回は2000年10月7日8日。次回は2005年に2日間予定」だから、ちょうど今年がその目出度い年に当たっていたわけだ。その意味でも、「ところざわまつり」の肝心な山車の曳きまわしを観なかったのは改めて惜しまれる。一昨年は、何台かの山車の画像を収める余裕があったのだけれど。

 さて、祭というと、祭へ寄せる思いは人様々である。s-DSCF0288.jpg
 特に若い人となると、年配の方たちとは一味違った思い入れがあったりする。
 久しぶりに黛まどかさんの世界に登場願おう。「黛まどか「17文字の詩」99年10月の句」の中に、「弟に文を持たせて秋祭」なる句が載っている。その鑑賞文がまた、一つのドラマである。
「遊園地もディスコも何もない小さな町に暮らす少女たちにとって、秋祭りや花火大会はときめきのイベント。祭りの灯の下で会うあこがれの人は、学校の制服を着ているときとはまた違い、さらにすてきに見えるものです。」という、つかみの部分は、まあ、読み流すしかない。
 昨日の所沢祭りも、駅前周辺に限らず、家族連れなどは勿論だが、若いカップルや、とにかく若い人の姿を大勢見かけた。
s-DSCF0289.jpg 祭というと、何か切迫するような、焦るような、何かあるような、今日のうちに何かしておかないといけないような、そんな熱気が満ち溢れるようでもある。
 以下の鑑賞文は、リンク先を覗いてみて欲しい。
(この句は、季語随筆「草の花…子規忌」の中でも採り上げている。よかったら覗いてみて。)

 小生にも同じような思い出が…と書きたいが、それはさておいて、ここでは違うことを書いておきたい。