2006年07月

リベルダージ:パレード画像情報!

→ 第26回あさくさサンバカーニバル(8月26日:小雨決行!)
2006samba_05-2.jpg

→「蜩…夢と現実をつないで鳴く」にて昨年の浅草サンバカーニバルに我がチームのスタッフとしてお手伝いに加わる前の感懐などを綴ってます。
祝!3位入賞! 画像案内」を覗くと、昨年の浅草サンバカーニバルの際の、我がサンバチーム・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)を中心とした画像情報が載ってます。




matudo-2.jpg
← 7/22(土)23(日)に、新松戸まつりがありました。
 我がサンバチーム・リベルダージG.R.E.S.LIBERDADE)のパレード日は7/22(土)で、パレード時間は「15:30 - 17:00」の予定。
 画像は、「しんまつど★ドッとこむ」の中の「第20回 新松戸まつり」より借用させてもらいました。
 このポスター画像を見るだけでも力の入れようが分かるというもの。

07/30 New! →ハタノのホームページ」の中にて、リベルダージによる「新松戸パレード」の模様を見ることが出来ます:
新松戸まつり (リベルダーヂ) Part 1
新松戸まつり (リベルダーヂ) Part 2
 あの懐かしの人も写っている!



hanako-1.jpg
→ 「花小金井北口の夏恒例サンバカーニバルは7月23日です!22日はよさこい。」(ポスター画像は、「わくわくこだいらプロジェクト サンバ」より)
 当然ながら我がサンバチーム・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)も出演。パレード日時は23日の「17:10-18:00」と「18:30-19:20」の前後半ありました。



花小金井パレードへ(1)」にて、小生のレポートもどきと画像群を披露しています。

Charlie K's Photo & Text」の中の、「HANAKOGANEI SANBA FEASTA 2006.7.23」にて、花小金井パレードの本格的な画像群を見ることができます。
画像の出来が違う!

07/31 New! →「光と写真のページ PHOTO CAFE」の中にて、「花小金井サンバパレード06」画像集を発見!


07/30 New! → 新松戸でも登場の「ハタノのホームページ」の中にて「薬王寺・柳町 七夕まつり」の様子を写した画像を見ることが出来ます:
薬王寺・柳町 七夕まつり (リベルダーヂ) Part 1
薬王寺・柳町 七夕まつり (リベルダーヂ) Part 2

07/31 New! →光と写真のページ PHOTO CAFE」の中にて、「牛込パレード」画像集を発見!

結純子ひとり芝居 地面の底がぬけたんです

「宇宙論の旅に終わりなし」の中で、予約していたサイモン・シン著『ビッグバン宇宙論 (上・下)』が予想外に早く、しかも同時に届いているという連絡を受けて嬉しかったと書いた脇に、「これから読むのが楽しみである(他にも嬉しいことがあった。後日、書くかもしれない)」とも付記している。
 それは、実は、さる方より「結純子ひとり芝居 地面の底がぬけたんです」のチケットを贈っていただいたのである。
「[Mognet] 結純子ひとり芝居 地面の底がぬけたんです」なる頁を覗いていただければ分かるが、結(ゆい)純子さんによるひとり芝居なのだ。
butai-1.jpg

→ 会場入り口の光景


 早晩、上掲の頁は削除されるものと思われるので、「あるハンセン病女性の不屈の生涯」と題された一文を一部でも転記しておきたい:
 藤本としは1901年(明治34年)に東京・芝琴平町で生まれた。子供の頃は芝居好きの母親に連れられ、よく歌舞伎を観に行った。縁談がととのった18才の時、突然、自分がハンセン病であることを知り、はかり知れない衝撃を受けるとともに、絶望の淵に立たされる。数年後に相次いで両親を亡くし、自殺を図ったが果たせなかった。以後、療養所を転々とする間に全身が麻痺し、47才のとき失明。しかし不自由にもかかわらず、唯一感覚の残った舌を使って点字を読み、過酷な人生にもかかわらずいつも笑みを忘れず、病友にも慕われた。1987年(昭和62年)岡山県の国立療養所邑久光明園で死去、86歳だった。
 彼女の自伝的な聞き書き・随想集「地面の底がぬけたんです」(思想の科学社刊)は人間の生き方を深く考えさせる感動的な本である。ひとり芝居「地面の底がぬけたんです」は女優結純子がみずみずしい感性と豊かな表現力で藤本としの不屈の生涯をいきいきと再現し、観客の心を揺さぶり、生きる元気を与えてくれる。

 実は、「ハンセン病の周辺」なんて記事(小生がこれまでに書いたハンセン病関係の記事目次)を急遽、昨日(12日未明)書いたのも、この日の芝居のための準備でもあったのである。

続きを読む

ハンセン病の周辺

 小生は、ハンセン氏病の周辺を巡って、多少のことを書いてきた。
 松本清張原作同名タイトルの映画「砂の器」(野村芳太郎監督、橋本忍、山田洋次脚本)は、基本的に体の不都合があって映画や劇は劇場では見ない(誘われたら、重い腰を上げるときはあるが)小生が、一人、思い立って映画館へ足を運び、身につまされる思いで見入った記憶がある。

砂の器」を観たのは、あれは仙台で学生時代を送っていた74年の頃だったか。
 映画館の薄闇の中で溢れる涙を抑え切れなかった。一人で観に来てよかったと思っていた。
 主人公は宿業を背負っている…。まるで自分のことのように思えてならなかった。
「まるで…」という冠(かんむり)は不要かも。

 関連の記事は、あちこちのサイトに散在しているので、ここに気づく限りのものをリストアップしておく:


●「明石海人って誰?
明石海人のホームページ」の冒頭には、「静岡県(沼津市)に生まれた天才歌人・明石海人、その歌集「白描」は25万部のベストセラーに、しかし、ハンセン病であったことや戦争が起こったことで、歴史の中に埋もれてしまいました。この明石海人を、みなさまに知っていただき、海人が思っていたことを、お伝え出来ればと思います」とした上で、以下の言葉が掲げられている:

深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない


●「ディアスポラ…書くことが生きる場所
 ハンセン病を負った金夏日氏の歌:

 指紋押す指の無ければ外国人登録証にわが指紋なし

●「清正公信仰とハンセン病
「熊本では近世以来、心身にハンディを負った者たちの守護聖人として清正公があがめられ、無縁の者たちが身を寄せる”アジール“(公権力の及ばない神聖な場所、避難所)として、本妙寺には多くのハンセン病患者が集まってきた」

●「嗅覚の文学
 ハンセン病文学作家の風見 治氏著『鼻の周辺』のことなど。

●「ハンセン病と宗教と(あるいは差別…)
 これは小生が5年前に書いたハンセン病に関する一連の記事。メルマガにて公表したものが大半である。
 ネット上でハンセン病について書いた最初期の記事群でもある。
 記事を書く動機というかエネルギー源は、ともかく、書きたかった一番の眼目は、「一番、始末に負えないのが偏見を持っていることを自覚しない無邪気な人であったりする…。」という点にあったろうか。

蓮の花が咲く時、音がする?!

 あるサイト「心の万華鏡 蓮華草 喜光寺の蓮」を覗いたら、蓮の花が開く時、ポンと小さく音をたてる…という話が載っていた。
 聞いたことがあるけど、自分では確かめたことはない。
 ネットで早速、検索してみたら、以下のサイトが現れた:
蓮の雑学・蓮の花
 その中に、「蓮は開花の時に音がするのか?」という項目がある。
 転記させてもらうと:

 蓮の花は、夜明け頃『ポンッ』という音とともに開花すると言われています。蓮の花が開くとき音がすることは古くから和歌や俳句の世界では詠まれてきました。

『朝風や ばくりばくりと 蓮開く』 正岡子規

 蓮博士と呼ばれた大賀一郎博士の調査研究から「残念ながら音は聞こえなかった」と報告されています。早朝の池で、フナやコイが虫などの餌を獲るときの音だと考えられています。


rennge-hasu-kisa_1.jpg

 さて、実際はどうなのだろう。

 尚、小生は、上掲の記事に寄せる形で、正岡子規の句を意識しつつ、下記のような句をひねっておいた:

蓮開く音のすなるは我が胸か   (や)


 小生は、一昨年の秋、「「蓮と睡蓮」の周辺」と題した雑文を書いたことがある。
 この記事の中で、大賀一郎氏のことにも触れている。

 小生には、他にも蓮に関する雑文がある。
 せっかくなので(?)、別頁に原文のまま転記しておく(但し、一部、リンク先が不明になっているものもあるので、若干、変更を加えた):
続きを読む

今日から数日

 無精庵徒然草が(ココログのメンテナンスのため)しばらく更新できないこともあり、今日から数日、ここで日記などを書く。
 今日、靴が届いた。
 驚いたことに、日曜日の午後だったか、新聞の中の広告を見て、衝動的に購入を決め、電話で注文したもの。
 一週間ほどで届くという話だったけど、場合によっては今週末にも届くかなと思っていたら、今日の正午頃、到着!
 早い! 早すぎる?! でも、嬉しい。
 今、履いてる靴は、もらって十年以上を経過している。実はよれよれ。新しい靴を買いたかったけど、今の靴に愛着があるし、先立つものもないしで、買う気になれないでいた。
 それが、値段が安かったこともあり、思い切って注文したのだ。
 部屋の中で履き心地を試してみたけど、さすがミズノの靴で、なかなかグッド。
 ところで、我がホームページ「kunimi Yaichi's ROOM」(国見弥一の部屋へようこそ)が、本日、やはり正午過ぎ頃、アクセス回数が8万回を記録。
 文章だけの地味なサイトだし、事情があって昨年から更新できないでいるけど、とにかく、お蔭さまで、である。
 皆さん、ありがとう!

プロフィール

drecom_ecchu

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ