2005年09月

富山大空襲と母のこと

 小生の母は戦争中、富山市の外れにある軍需工場で働いていた。徴用され寮で生活していたとか。そして昭和20年の富山大空襲に見舞われた…。そんな話は幾度か母から聞いたことがある。
 たまたま、小生は帰郷していたその日(15日)、富山でテレビを見ていたら、父が「富山大空襲」を特集する番組に切り替えた。テレビでその経緯(いきさつ)や後に分かった情報などを視聴しながら、母の思い出話へと繋がっていったわけである。
(富山大空襲のことについては、「<a href="http://www.geocities.jp/toyamakushunokaii/">「富山大空襲」のことを知って下さい!</a>」などを覗いて欲しい。)
 8月1日の夜中、空襲警報が鳴り、富山の市街地に米軍機B29(170余機)による空襲(空爆?)が始まった。母は誰かに導かれるままに、寮の仲間等と一緒になって、神通川のほうへと命からがら逃げていったという。その際、数知れない焼かれたり傷付いたりしている死骸を見たとか。
 神通川の橋なども爆撃を受け、川をどうやって渡ったのか、まるで覚えていないという。 続きを読む

志村銀座パレード(14)

 このレポートという名の画像集も、今回でお終い。なので、改めて、画像についての断り書きを示しておく:

画像と背景の文章とは直接、結びつきません。これまで同様、画像を掲載するための壁紙(の紙魚か汚れ)と思ってください。画像は、若干の例外を除き、原則として撮影時間順です。写真を撮らせてくれた皆さん、ありがとう。…というか、勝手に撮ってごめんなさい。しかimg20050911.jpgも、勝手に掲載して、もう、なんとお詫びしていいことやら言葉がありません。なので、これだけにしておきます。クレーム(あるいは、できれば要望)が来たら、画像を本来の画素数まで拡大することも可能です。

 本来なら毎回、記事ごとに断り書きを示すべきだろうが(というのは、ネット検索で個々の記事のどれかだけを閲覧する可能性が大なのだ)、それも、つらいし、邪魔っ気であろう。
 志村銀座まつりのパレードレポート全般に付いて(もっと言うと、画像の載るサンバレポート全般に渡って)、上掲の注意書きが載っているものと思って欲しい。
「写真を撮らせてくれた皆さん、ありがとう。…というか、勝手に撮ってごめんなさい。しかも、勝手に掲載して、もう、なんとお詫びしていいことやら言葉がありません」と書いているが、実img20050911_1.jpg際の私はもっと華麗なのよ、それをこんな拙劣な画像に収めちゃって、などと怒っている方も多いような気がする。
 あるいは、特定のダンサーばかり狙ってるんじゃないの! とか(これは否定しきれないが、写真は撮ってみないと写るかどうか分からないという事情もあるのよ。撮影技術の未熟さもあるし)、もっと他のスタッフを撮ってみたら、とか。
 顰蹙を買ってるんだろうなー。パレードコースで時折感じる冷たい視線。
 それだからこそ、とにかくパレードコース以外では撮らないし、撮っても載せない、などの自分なりの掲載基準も設けているのだけれど。

 さて、パレードが終わると、時折、雨粒も落ちてくる中、メンバーたちは控え室のほうへ去って行く。小生はできるだけ、コースの終了地点近くに立ち、彼女・彼らを見送りつつ、御苦労img20050911_2.jpg様とか、お疲れ様と声をかけたり、拍手したりする。
 そうして、みんなの姿の消えたパレードコースを後にする。祭りの後特有の寂しさ…。
 が、今回は余韻に浸っているわけにはいかない。
 なんたって、ヘルメットが破損しているのだ!
 ガムテープで仮止めしたシールド(風防)が走行中に剥がれ落ちる可能性もある。しかも、ああ、パレードが雨に祟られなくて、本当に良かったと、安堵しかけた頃、雨が降り出してきたではないか!
 もう、自棄である。9月4日といえば、まだ夏だ。「夏の雨濡れたってすぐ乾く」とか、「夏の雨シャワー代わりに浴びていく」とか、「火照りける体を癒す雨ならん」とか、「雨よ雨行い直すからひどくしないで」とか、「雨さんよ我が身はいいけどカメラ濡らさないで」とか、「ダンサーさん視線の先に何見てる?」とか、得意の俳句(?川柳? 標語? 警句? 祈願?)を連発しながら、ただただシールドの外れないことを祈りつつ、雨img20050911_3.jpgが激しくならないことを願いつつ、バイクを走らせたのだった。

 外出時間は5時間弱。往復で50キロ。シールドも外れず、雨も途中で上がり、日曜日の夜の都心を快適に駆け抜けたのであった。
 自宅で画像を眺めつつ、感動をありがとうとポツリ。
 終わり。

志村銀座パレード(13)

 小さな画像でダンサー陣の勇姿を示すというのは、心苦しい。たださえ、写真を撮る技術が未熟だというのに、その上、本来の画素数より大幅に縮小してしまっている。
 大きな画像だと、ダンサーの素敵な表情もよく分かるし、目の輝きなど、素晴らしいのだ。それに、縮小画像だと、時に歪な画像になり、載せるのを憚られてしまう。この一連のレポートでは、60枚ほどを載せるつもりだが、30枚ほどは割愛せざるをえなかった。img20050911.jpg
 それら、手元にある画像も、いい!!
 なんといっても、勿体無いのは、タンガ(パレードでパシスタが着るビキニや羽根によるきらびやかな衣装:「サンバチーム「ブロコ・アハスタォン」サンバ用語集」より)の華麗さ、豪華さをじっくりと見てもらうことができないこと。
 この志村銀座パレードは、浅草サンバカーニバルの直後ということもあって、カーニバルの時に着用した衣裳のままに登場してくれるダンサーが多い。小生は、名ばかりのスタッフをしimg20050911_1.jpgていて、彼女等の晴れの姿は、パレード後に続々と公表される画像集で窺い知るばかりなので、こうして全員ではないとしても、実際に見ることができて実に嬉しい。
 その意味でも、志村銀座パレードは貴重な位置付けを持つパレードだ。
 とはいいながら、改めて断っておくが、一読すれば分かるように、小生自身はサンバについても全くの素人。ライブに行ったことも数回で頓挫(時間と経済的な理由で)、サンバの曲もエンサイオ(練習会)の場で入手したものがメイン。レコード店では、なかなか見つからない。ボサノバならそれなりに揃っていても。
 サンバに関わる面々が、パレードの後で、あるいは何かの宴会で(結婚式、旅行、お祝いなど)始めるというパゴージ(居酒屋などでありあわせの楽器を使っての即席のミニ音楽会。詳しい意味合いは、「サンバチーム「ブロコ・アハスタォン」サンバ用語集」を参照のこと)の場の雰囲気も、味わっimg20050911_2.jpgたことが皆無。
 但し、エンサイオ(練習会)の場で幾度か、バツゥカーダを味わっている(用語は同上サイトなど参照)。これは、「バテリーアが繰り出すリズム。またはバトゥーキでリズムを叩く行為、音」ということのようだが、実際には、そのバツゥカーダが始まると、ダンサー陣が黙っちゃいない。必ずのように、音楽に合わせ踊り出す。
 よって、バツゥカーダは実質、バテリア陣とダンサー陣の競演となる。プシャドール(プシャドーラ)陣も精一杯、歌ってくれる。これがサンバの醍醐味だと感じさせてくれる。サンバパレードの見所でもある。

img20050911_3.jpg もう、ひたすら追っ駆けの小生、サンバの雰囲気をサンバパレードで味わうことにしてる。パレードにはサンバの要素がほぼ全て入っている。難しいのは、上述したパゴージを期待することか。
 そのパゴージも、志村銀座パレードには、特設ステージが設けられているので、志村パレードでは楽しむことができる。この意味でも、志村商店街でのパレードは格別なのである。

志村銀座パレード(12)

 さて、空模様を懸念しつつも、パレードの後半が始まった。前半の撮影の悲惨さを悲しみつつも、後半、気を引き締めて、気分も新たに撮影に挑戦。
 やはり、シャッターのタイムラグに苦しめられつつも、前半よりは前向きの画像が撮れているような気がする。あるいは、ダンサー陣の動きが前半より鈍り、小生のデジカメから逃れきれなくなったのか。img20050911.jpg
 だとしたら、申し訳ない気持ちで一杯である。
 でも、撮っちゃうんだよね。
 音楽と踊りとの競演というべきか饗宴を楽しみつつ、パレードの進行の先へ、後へと駆けずり回る。我ながら、いい年をして、何やってんだかという滑稽というか光景である。
img20050911_1.jpg が、そんな反省など、後ですること。今は、画像を獲得するため、頑張るのみ。
 志村銀座のために編成された地元商店街の方他のサンバチームの画像は、ほとんど撮れない。というか、撮る余裕がない。我がチームの勇姿を追い求めるのに懸命なのだ。
 アップはできないと思いつつも、バテリア陣の面々のアップの画像も収めたりする。スタッフのアップ画像も虎視眈々と狙っている。ゆめゆめ、油断召されるな。特にダンサー陣をフォローするスタッフさんは、順番で(?)交替しつつスタッフになっているようで、普段のパレードではダンサーだったりする(あるいは、妊娠していたり、忙しくて練習に参加できない分、スタッフ参加の形で応援している、その他、諸々の事情があるようだが)わけだから、ついつい小生は追っ駆けのダンサーさんがスタッフをしている、その仕草や表情、フォロー振りを見たくって、目がそちらに向いてしまう。img20050911_2.jpg
 ダンサー陣をフォローする普段はダンサーでもある方のフォローぶりは、人それぞれで、非常に個性的である。細心の注意を払って、われわれカメラ小僧などの横着から守ったり、水分の補給に留意したり、ダンサーが背負っている羽根飾りの羽根が落ちたら拾ったりするのは、同じだとして、その表情がみんな違うのである。
 にこやかな表情を浮かべつつ、だったり、拍手や「イエー」という声で雰囲気を盛り立てようとする人だったり、結構、厳しい視線で真面目一方に見守っていたり、自分が目立っては拙い、オレンジ色というチームカラーのTシャツを着つつも黒子に徹するべきだと思っているのか(小生の推測)、神経はダンサー陣に払われつつも淡々とフォローしている方だったり。
 ダンサーはともかく、こうしたスタッフ陣を画像に収めていいものか…(でも、いっぱい収めちゃった…)。

 小生の拙い画像ばかりが残るわけもない。
img20050911_3.jpg 近いうちに、ホームページ「志村銀座まつり~サンバinシムラ」にて、これまで同様、「2005志村銀座まつり写真館」という題目で(かどうかは分からないが)公表されるものと思っている。
 こちらは、パレードコースの上で、ちゃんとしたカメラマンが撮影した画像だろうから、小生の下手くそな画像とは雲泥の差の素晴らしい画像が載るだろうことは間違いない。なので、下手な画像に懸念を持たれている方は、ご安心の程を。
 公式の(?)画像のほうは、そろそろアップされるのかな。

志村銀座パレード(10)

「パレードの前半が終わったところで、小生にはすることがある。一つは、パレードのポスターをゲットすること」だったが、二度もイベントの本部前を素通りして、ようやく発見、ポスターを入手したことは、「志村銀座パレード(9)」で書いた。img20050911.jpg
 二つ目は、ちょっと情ないこと。それは、パレードの行われる志村坂上にある商店街まで、小生はバイクでやってきた…のだが、商店街のやや先の歩道脇に、通行の邪魔にならないスペースを見つけ、バイクを止めたはいいが、ヘルメットを取った瞬間、バリッという嫌な音が。
 恐る恐る見てみたら、ヘルメットのシールド(透明な風防部分)の片側がヘルメット本体から剥がれてしまって、ブラブラしているではないか!
img20050911_1.jpg シールドをヘルメットに固定するネジがついに(!)取れてしまったのだ!
 シールドを固定するネジは、左右のそれぞれの所定の場所に二箇所ずつある。実は、片側については、一昨年だったか、そのうちの一個が脱落してしまっていた。本来は二個在るはずのネジが一個のまま、だましだましヘルメットを着用していたのだった。
 高速道路などを走ると、シールドが安定していないため、風を切る音が煩かったりする。シールドがビビる微細な振動音が微妙に神経に触る。
 で、片側に残っていた一個のネジが、その日、ヘルメットを取った瞬間、千切れ飛んでしまったというわけである。img20050911_2.jpg
 勿論、小生はバイクの周辺を探した。が、すでに薄暗くなっているし、歩道と車道の間には植え込みがあり、小さなネジなど、見つかるはずもなかった。
 そのうち、バテリア陣の鳴らす打楽器の音が(スルドだろうか)聞こえて来る…、ああ、まずい、パレード、始まっちゃったよ!…というわけで、後ろ髪を引かれる思いをしつつ、パレードコースへ向かったのだった。
 小生がパレードの開始に数分、遅れてしまったのも、実は、こんな情ない事情があったのである。
 それで、パレードの前半が終わって小生がするべき二つ目というのは、このトラブルを何とか解決すること。といっても、いよいよ宵闇が深まってしまって、しかも、前半が終わる直前くimg20050911_3.jpgらいから雨がポツポツと降り出してきてしまい、ますますネジを発見するには困難な状況となっている。
 そこはそれ、用心深い小生のこと、幸いにもバイクをオートバイの店(といっても、バイク用のタイヤ店)の間近に止めていたのだった。
 ホントは、バイクを完全に人目の届かない所に止めるのは無用心と思い、商店の明かりが若干、漏れてくる場所に止めていた、それがたまたまバイクの店(タイヤ店)だったに過ぎないのだが。
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