2005年05月

裸足のダンス

[本稿は、一昨年秋、初めて行ったサンバライブで目の当たりにした末広サラさんのダンスに際して書いた瞑想風雑感で、既にホームページに公表済みです。
 このたび、末広サラさんがエスペトブラジル(Espeto Brasil Web Site)でのダンスレッスンの取材(フジTV系列の朝の情報番組「とくダネ!」)を受け、テレビ出演するということで、出演記念に画像を含めこのサイトにアップします。
 画像はプライバシーの関係もあり、縮小してあります。末広サラさんの歌い踊る様子をビデオで録っておけばよかった。残念!
 二枚目の写真で右側の男性は長岡敬二郎氏である。]


裸足のダンス(03/11/30)

 サンバのショーがあるということで、ライブに行ってきた。その簡単なレポートは既に公表済みである。
 そのライブで見たダンスのことが、なんとなく頭の片隅に引っ掛かっている。印象の強烈さということで言えば、それこそタンガ(羽根飾り)姿の、サンバパレードでパシスタの役をするダンサーたちの踊りのほうが強い。なんたって単純に楽しめる。露出も多いから、それだけでも感激する。その辺りのことも既に書いたので、ここでは省く。
 その上で、ライブの演出や構成などをしている歌手でもあるダンサーの方の踊りが気になっているのである。
 そうはいっても、そもそもライブはその日が初めてだし、ましてプロのダンサーの方の踊りを目の前で見たなんていう経験は、まるでない。テレビでは、バレーをはじめ、それなりに見る機会がないわけではないが、ライブとなると、比較のしようのない生々しさがある。s-DSC00307.jpg
 サンバショーということから予想されるような踊りではなかった。もっと、独自の踊りの世界を追及している。それはどういうものかは、本人に聞かないと分かるはずもない。いや、小生のような鈍感な人間だと、お話を直接伺っても理解などできないのかもしれない。
 あるいは、理解とか何とかではなく、踊りの世界はまさに踊りの世界として自らの目と肌と体で受け止めるしかないのだろう。それは音楽に感激し、メロディーラインに乗り、リズムに体が揺さぶられる、ただ、そのことを堪能するようなものだろう。曲を聴いて、それなりの分析や薀蓄などを傾けられるのかもしれないが、まずは、聴いて(あるいは歌っているところを見て)楽しめるかどうか、なのである。
 踊りもそうなのだろう。
 サンバの衣装で踊るダンサーの方たちは、踵の高いブーツを履いている。頭の上から爪先や踵までが踊りを引き立てる小道具なのであり、印象付ける武器なのであり、その前に自らを飾る楽しみの対象なのだろう。
 一方、ダンサーの方は、衣装も至ってシンプルである。羽根飾りなどあるはずもない。足元を見ても、平底に近いような靴だったり、時には裸足だったりする。体を使っての踊りそのものが武器であり表現なのである。
 フロアーで裸足ということに、不思議な感動、素朴な感動を覚えていた。それはどんな感動なのだろう。理屈はいろいろ付けることができる。サンバの踊りは、音楽のリズムも含め、ルーツがアフリカにあると言われている。それは常識なのかもしれない。
 s-DSC00321.jpgただ、ダンサーの方が、裸足で踊っている最中、どんなことをイメージしているのか、小生には分からない。アフリカの大地なのか、あるいはブラジルの大地なのかもしれないし、いや、日本の何処かの土の色の見える大地なのかもしれない。
 あるいは、そんなことの一切は、まるで見当違いであって、大地というより、この世界、この宇宙そのものをイメージしているのかもしれない。それとも、大地から宇宙へ至るエネルギーの通路としての自らの体を意識しているのであって、踊るとは、そのエネルギーの充溢と発散のことなのかもしれない。つまりは、自在に動く体への喜びなのかもしれないし、自らの肉体と大地や世界や宇宙との交歓そのものを実現させているのかもしれない。
 裸足ということ。
 裸足で土の上を歩いたのは、一体、いつ頃のことだったろうか。ガキの頃、小学校の校庭で裸足で遊んだことがある? あるいは学校の体育館で裸足での体育の時間を持ったことがある?(そういえば、小学校の体育館で、フロアーから突き出ていた釘で怪我をする仲間の姿を幾度となく見たものだった)
 家の周りは、小生がガキの頃は、舗装されておらず、デコボコの砂利道そのものだったので、たまに車が通ると、我が家が揺れるのだった。そのたびに、家って磐石なものではなく、たかが車が通るだけで揺れる木の家、マッチ棒で組み立てられたモノに過ぎないと感じたものだった。
 さすがに砂利道では裸足にはなれないが、庭の一部などは、特に雨が降った時など、最初は靴のままで、そのうち、靴の中がぐしょ濡れになり、靴も靴下も放り出し、水溜りなどをパシャパシャとやったものだった。
 まるで昼行灯だった小生は家の手伝いなどまるでしないガキだった。兼業農家で、田圃もそれなりにあり、農作業や畑での作業に一家が忙しなく働いていたのに、小生は、一人、ボンヤリしていたり、何処ぞの町か村をほっつき歩いたりしていた。何を考えるでもなく、ただ、ボーと歩いていたことを思い出す。
 農作業は手伝わないが、畦道とか、春先では蓮華の原となる一面の田圃の海が訳もなく好きだった。土の匂い、土を踏む感触、稲穂、ススキ、玉葱やネギやジャガイモの畑…。
 無論、こんな無粋なことをダンサーの方が脳裏に思い浮かべていたとは、さすがに小生も主張する気はない。むしろ、時に体をしなやかにくねらせるダンスを眺めながら、アフリカの乾いた草原を豹かライオンのような猫族の猛獣が、特に獲物を狙うでもなく、ただ足音も立てずにのし歩く、その様を想ってみたりしただけだ。白っぽい土煙。吹き抜ける熱い風。何処か血生臭かったりする大気。容赦なく照り付ける太陽。影と日向との輪郭が、匕首よりも鋭い大地。sara-rei.jpg
 肉体。人間は、どうしても、モノを想う。思わざるを得ない。言葉にしたくてならない。言葉にならないことは、言葉に縋りつくようにして表現する奴ほど、痛く骨身に感じている。でも、分かりたい、明晰にこうだ! と思いたい、過ぎ行く時を束の間でもいい、我が手に握りたい、零れ落ちる砂よりつれない時という奴に一瞬でもいいから自分が生きた証しを刻み付けたい、そんな儚い衝動に駆られてしまう。
 でも、肉体は、肉体なのだ。肉体は、我が大地なのである。未開のジャングルより遥かに深いジャングルであり、遥かに見晴るかす草原なのであり、どんなに歩き回り駆け回っても、そのほんの一部を掠めることしか出来ないだろう宇宙なのである。
 肉体は闇なのだと思う。その闇に恐怖するから人は言葉を発しつづけるのかもしれない。闇から逃れようと、光明を求め、灯りが見出せないなら我が身を抉っても、脳髄を宇宙と摩擦させても一瞬の閃光を放とうとする。
 踊るとは、そんな悪足掻きをする小生のような人間への、ある種の救いのメッセージのようにも思える。肉体は闇でもなければ、ただの枷でもなく、生ける宇宙の喜びの表現が、まさに我が身において、我が肉体において、我が肉体そのもので以って可能なのだということの、無言の、しかし雄弁で且つ美しくエロチックでもあるメッセージなのだ。
 そんなことを思わせてくれた裸足のダンスなのだった。

帰省日記拾遺(2)

 小生は、五月の連休を利用して帰省していた。冬、つまり正月の帰省はさすがに列車を使うが、それ以外の時期の帰省には主にバイク(スクーター)を使う。
 ロングクルージングになるだけに、天気には敏感にならざるをえない。
 往路は少々風があったが概ね好天に恵まれたが、復路は塩尻、岡谷、諏訪の辺りから小糠雨に断続的にではあるが見舞われてしまったのである。s-DSC01470.jpg
 五月とはいえ、雨もあり重ね着して風邪をこじらせないよう用心していたが、それでも寒い。が、雨が細かくて、安物の合羽でも雨水が浸透して体を冷やすには至らなかったのは幸いだった。
 さて、歩きであればポツポツという小降りの雨でも、百キロ以上での走行では雨粒がバイクのシールド(風防)を、ヘルメットのシールドをも、叩き着けるような状態になる。
 バイクを駆っていると、低速だとエンジン音が大きかったりするが、高速走行だと、音は風を切る音だけになる。それが、雨のツーリングとなると、風防にぶち当たって砕け散る雨の音が耳に感じられるだけになる。
 横風などは、時折、バイクを揺らしたりするが、意志をしっかり前向きに保つことで(勿論、服装も風に左右されない、体にフィットしたものである必要がある。そうでなく、バタバタしてしまう衣服だと、風に煽られ、ヨット状態になってしまう)、気紛れな風に対抗する。
 エンジンの音は風と雨に掻き消され、シートから、さらにはグリップ(ハンドル)を握る手先や指先から細かな、決して止むことのない振動となって体に伝わる。音は、というよりバイクは振動だと終始、実感するのだ。
 さて、雨に祟られたりすると、煩(うるさ)いだけなのか。
 そんなことはないのである。s-DSC01472.jpg
 ランナーズハイという言葉、それとも状態があるという。「マラソンやジョギングなどをしていて最初はしんどくて苦しいが、 走っているうちにだんだんと気分が良くなってくる現象」だという。そのメカニズムはともかく、小生、今でこそ走るのは苦手で、歩くのも面倒にさえなりつつあるが、これでも、小生、一昔前までは走るのが大好きだったのだ。特に長距離走が得手だった。青梅マラソンで30キロを完走したし、大学生の時は、大晦日にぶっつけ本番で20キロを走り、やや上位に入賞し、商品としてお酒を貰ったこともある。
 なのに、ああ、それなのに、今じゃ、三歩歩くのが散歩の極意だと開き直る始末である。むしろ、不始末というべきか。
 ランナーズハイを小生なりに味わったことがあるが、ライダーズハイもある。これも、数百キロの道のりを淡々と走る経験をしないと感じることは、まずないだろう。小生、何十回(あるいはそれ以上)経験したことか。
 雨に祟られる高速道路での長距離ランであっても、次第に悟りの境地ではないが、無念無想に近いような感覚、それとも、無感覚の感覚(論理矛盾風な表現で申し訳ない)を味わうことがあるのだ。
 冷たい雨や雪の中の走行だと、寒くて無念夢想どころか、残念無念に終始するに過ぎないが、あの日のように、歩く人には傘を差すのも躊躇うような細かい雨だと、寒くはあっても、耐え難いほどではなく、ライダーズハイの状態に移り行くには最適だったのである(今にして思えば、後から振り返って思えばの話である。雨を覚悟する時は、ああ、雨か、雨に濡れるのは嫌だなと、憂鬱になるばかりである)。s-DSC01477.jpg
 高速道路の両脇には、特に山間の道の場合が多いのだが、緑の山々が延々と続いてくれる。晴れの日は、それはそれで緑色の天然の屏風は素晴らしい。
 が、雨に降られてみると、これまた落ち着き払った、若葉であるにも関わらず、深い緑の海の世界を現出してくれるのである。
 緑の海を分け入る。地上世界にあることを忘れ、青葉若葉の自在に多彩に変幻する緑の妙味をとことん味合わせてくれるのだ。
 悲しいかな、小生にはライダーズハイも、緑の海の見事さも描き切る技量はない。でも、いつかは風車に挑むドン・キホーテの如く、挑戦してみたいものである。
                      (May 09, 2005)


 どうも、瑣事ばかり書いていて情ないが、以上は、季語随筆日記「無精庵徒然草」からの抜粋である。s-DSC01480.jpg
 2日から6日にかけての帰省中、田舎の町では5日に祭りがあった。その日は大概、帰京してしまうので、祭りの様子、町の人たちが神輿を担いでワッショイワッショイする元気ぶりをじっくり見物できたのは、久しぶりだったし、嬉しかった。
 また、幾度か書いてきたが、田舎では、食事の準備を中心に家事に勤しんできた。味噌汁も、煮干とミソで出汁を取る、結構、本格的なものを作ったのである。
 とにかく、父母や近親者の元気な様子を見ることができたのは幸いだった。
 そういえば、もしかすると十年ぶりに映画館で映画を観た。「インファナル・アフェアー」である。
                       (May 09, 2005)

[画像の説明を簡単に。一枚目は、画像の真ん中の窓に注目。高校時代を過ごした屋根裏部屋である。二枚目は父母の寝所裏の小花。三枚目は、我が町の祭りの一風景。神輿である。四枚目は、同じくお神輿。]

帰省日記拾遺(1)

 さて、この数日、帰省していて、ネットとは一切、縁がなかった。家事などに追われていたし、スクーターでの往復千キロ近くの高速ツーリングの疲れが田舎で出ていて、ダウン気味だった。連休の中日に風邪を引いたが、どうやら、ツーリングの疲労が抵抗力の減退を招き、風邪という症状となって現れたようだ。s-DSC01460.jpg
 今度は今日、午後、帰京して明日か明後日には東京で出てきそうである。
 ま、それでも、徐々に調子が出てくるものと思う。
                        (May 06, 2005)


 実は前夜の季語随筆で「家事などに追われていたし、スクーターでの往復千キロ近くの高速ツーリングの疲労が田舎で出ていて、ダウン気味だった。連休の中日に風邪を引いたが、どうやら、ツーリングの疲労が抵抗力の減退を招き、風邪という症状となって現れたようだ」などと書いたが、前言を訂正する必要があるかも、などと感じているのである。
 確かに、スクーターでのロングツーリングは、疲れる。特に帰京時のように雨が降っていたり風が吹いていたりすると、体力不足もあり、覿面に堪えている。昨夜は帰宅してからも、夜半からも(ついさっきまで)寝てばかりだが、本格的な疲労は一日ずれて現れてくるのだろうと覚悟している。s-DSC01461.jpg
 さて、前言を翻すかも、というのは、風邪の症状の原因は、別のところに求めるべきかと考え始めていることにある。
 実は、掃除した翌日、姉も小生も風邪を引いてしまった。姉は嫁ぎ先の家で、小生は生家で。

 郷里で姉の進言もあり、母のベッドの毛布や一部の衣類、炬燵の上掛けや敷布、カーペットなどを洗濯したり、掃除をしたのだが、それでは、ついでに、小生が帰郷の際に居住する部屋の蒲団や毛布、絨毯、部屋をも、ついでに洗濯・掃除しようということになった(これも、姉の意見)。
 それはいいが、小生が田舎で仮住まいする部屋は、小生がそもそも掃除などしないし、父母も忙しかったり、体の不都合などで掃除ができないでいるうちに、前回、掃除などをしてから数年(下手すると十年かも)を経過してしまった。
 なので、堆積した埃の凄まじさは、想像するのも憚られるほど、だったのである。部屋の掃除は、姉がやってくれた。小生はその間、蒲団や毛布の運び出しをしていた。s-DSC01463.jpg
 濛々と舞い上がる埃を専ら吸う羽目になったのは姉だったというわけで、姉はたっぷり吸う事になり、喉をやられてしまったようなのである。姉はとうとう、声が全く出なくなり、病院に駆け込むことになった。
 小生は、少々の埃を吸ったこともあるが、どうやら翌日、部屋で居眠りしている間に体を冷やしてしまったことが、主な要因だったのかもしれない。
 さて、原因はともかく、小生、薬を飲むのも、病院へ行くのも嫌いなので(怖いので)部屋で寝込んで回復をひたすら待った次第。
 まあ、想像に過ぎず、風邪の本当の原因は他にあったのかもしれない。姉の家では一家で風邪の菌の持ち回りをしてしまったというし、その余波があったのかもしれないし。
 こんな瑣事があって、埃から、つい、昨年の蜘蛛の出現のことを連想してしまった。女郎蜘蛛ならともかく、ただの無粋な蜘蛛の話で恐縮なのだが。
 それにしても、蜘蛛はどこで越冬していたものか。あの気色の悪い蜘蛛が爽快さを含意するかのような夏の季語とは、なんとなく釈然としないのだが、しかし、暖かくなると蠢きだす生き物の一つではあるのだ。s-DSC01464.jpg
 以前、藤沢周平の蜘蛛嫌いを示すエッセイを紹介したことがあるが、小生とて蜘蛛は嫌いだが、彼ほどではないようである。少なくとも、見つけたからといって、殺したりはしない。どうぞ、早く、我輩の目の届かないところに消えてくれと願うばかりである。
 
 先に進む前に、蜘蛛という語の織り込まれた句はないかとネット検索したら、「思想の牢獄=俳句」にて、下記の句が見つかった:

 性悲し夜更けの蜘蛛を殺しけり     しづ子

 この作者の一連の句の味わいもいいが、「思想の牢獄=俳句」というサイトも読み応えがありそうなので、後日、読み直して見たい。この句(作者)の発見があったことで、本日の季語随筆を綴った甲斐があったというものだ。
 でも、今は、もう、寝る。今日は仕事だ。
                       (May 07, 2005)

[画像を簡単に説明しておく。一枚目は、神社の神輿。我が町のお祭り風景。二枚目は、郷里の家の入り口付近の様子。三枚目は、玄関前に佇む我が愛車。このスクーターで往復970キロを走った。四枚目は、やはり我が家の庭。深紅のチューリップが眩しい。]
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