2005年04月

はぐれコキリコ余談

「つくし」というと、関係ないと思いつつ、単に語感繋がりだけで、成世 昌平さんが歌ってヒットした、小生の好きな歌「はぐれコキリコ」の中の、「筑子竹」を連想してしまっていた。
 歌では「ちくしだけ」と歌っているように聞える。
[この「ちくし」は、筑紫地方の「筑紫」とは関係ないのだろうか。「筑紫の日向について」(←誤字が多いのが残念)によると、地元では「ちくし」と読むらしいのだが。
 全くの余談だが、小生、未だにテレビでも活躍されている筑紫哲也氏の苗字が「つくし」なのか「ちくし」と読むべきなのか迷ってしまう。ちなみに、かの大作曲家の滝廉太郎は大分県日田市出身の筑紫哲也氏の大伯父である。今時のテレビキャスターとしては珍しく硬派なので、毀誉褒貶が激しい。タカ派の保守派には嫌われているようだ。]
 この「筑子竹」のことを以前、「コクリコのこと」と題した拙稿を書いた時には、調べきれないでいた。
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富山チンドンコンクールのこと

 過日、季語随筆「チンドン」で「富山県は富山市で行われる「全日本チンドンコンクール」」のことなどを書いた。
 その後日談というわけでもないが、コンクールも終わったことだし、若干の情報を書いておく。
MSN-Mainichi INTERACTIVE 都道府県ニュース」の「チンドンコンクール:半世紀の歩みを本にまとめる--富山県内の有志 /北陸」という表題で、次のような情報が:

s-DSC01433.jpg
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森のこと水のこと

 昨日、偶然なのだろうか、森のこと山のことに関連する話をラジオで聞くことが出来た。といっても、例によって仕事中なので、切れ切れにしか聞くことが出来ない。
 まあ、まともに聞き入っても、どれほど話の内容を頭に刻めるか危ういところだが。
 そもそも、話を冒頭から聞けたわけではないので、誰が語っているかも分からない。アナウンサーがインタビューアーになって話を伺う形式になっている。
 で、ネット検索を通じて調べたら、話し手が誰かが分かった。
 残念ながら昨日の話の再現は小生の乏しい記憶と能力では不可能なのだけれど、せっかくなので、ネットの力を借りて、大凡のことをメモしておきたい。
 最初に聞きかじったのは、草刈十字軍(事務局長 前田 喜芳氏)の話で、どうやら語り手はその任意団体の代表者である足立原 貫氏だったようである。
 この草刈十字軍(Bush-cut Crusade)の概要は下記のサイトを参照願いたい:

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規制緩和はいいけれど

 土曜日の夜だったか、NHKのテレビで「日本の、これから「どう思いますか格差社会」」という特集番組を食事しながら視聴していた。
 新聞にタクシー運転手哀話というメニューもあると書いてあったから、タクシー運転手の端くれである小生、自然とチャンネルを合わせていたのだ。
 登場した運転手さんは仙台で営業されている方だった。仙台でのタクシー事情の悲惨さは、夙に伝え聞いている。タクシー業界の規制緩和後、参入規制や料金規制の緩和措置のお蔭で、東京を含め何処の地域でも一気にタクシーの台数が増えた。
 そんな中、全国でも一番、急激に台数が増えたのが仙台だったのである。 続きを読む

「おわら風の盆」余聞

 10月6日付け朝日新聞朝刊に「花街に「おわら」の風」と題された囲み記事が載っていた。
 その記事によると、「花街の風情を残す墨田区向島の見番通りで23日、「おわら風の盆in向島が開かれる。」という。続けて、「区文化観光協会が「おわら」と向島の意外なつながりを見つけ、料亭街らしい町おこしを、と考えていた人たちの思いと重なって開催の運びとなった。」とある。
 その日は、都内在住のメンバーを中心とした「越中おわら節同好会」の40人が、向島・見番通りのうち、三囲神社から長命寺までの約300㍍を練り歩く」のだとか。招待席など一部の場所を除いて、自由に見ることが出来るらしい。
「おわら風の盆」については、小生も幾度か紹介している。念のため、公式サイトを掲げておく。今年は期間中、20万人がこの「おわら」の町・富山県八尾町を訪れたとか。
 上掲の記事によると、「1929(昭和4)年6月に、同(富山)県の物産陳列会が中央区日本橋の百貨店で開かれた時の余興で、十数人の女性が「正調おわら節」を踊ることになった」のだとか。
  さらに記事は続く。
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