2005年03月

トンボのこと

 あたら、季語随筆と銘打っているばかりに、時に窮屈になることがある。多少の飛躍には目を瞑りつつも基本的にはその都度の季節に見合った季語をキーワードに、気随気侭な小文を綴っていく。
 実際、季語例は豊富なので、話のネタに困ることはない。
 というより、ネタが多すぎて、どれにしようかと目移りして、結局は尻切れトンボの中途半端な話に終わってしまう。忸怩たる思いで、話を切り上げることがあまりに多いので、読まれる方には申し訳ないし、自分としても不甲斐ない。
 そんな中、今の時期とは懸け離れたような話題を手がけたくなる時がある。その時期が来たら扱えばいい、その時まで、テーマを温めておけばいい…と思うのだけど、それが出来ないのが小生なのである。
 さて、昨日だったか、テレビで、羽子板の話題が出てきた。正月などに羽根突きをする、今はそんな風景を見かけることも皆無に近くなった、多くは子どもの遊びである。
 例によって聞きかじりするラジオと同様、テレビも食事や居眠りの傍ら、垣間見る風なので、断片的な記憶・半端な情報しか脳裏に残っていない。
 ただ、羽根突きの羽根は、トンボの羽根を意味している云々という話があったようなのである。
 なので、かなり時節外れなのは承知の上で、羽根突きの羽根を話の糸口に、ネットから得られる情報を手がかりにしつつ、トンボの話をあれこれ経巡ってみたい。
 まずは、以前、「富山とトンボのこと」というエッセイでトンボのことを、富山と絡めつつ、多少、調べてみたことがあるので、その文章を掲げる。
 その上で、足りない部分、新たに得た情報などを補足したい(断るまでもないと思うが、少なくとも「トンボ」は春の季語ではない!):
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あるフォーラムへの書き込みより

[ 以下の小文は、もう五年ほど前に書いたもの。冒頭に記されているように、タクシー運転手になって四年半となった頃のものだ。不況と規制緩和のダブルパンチを喰らって、悲惨な環境の真っ只中に突き落とされていた。
 けれど、その頃は、こんなに長く不況が続き、業界が苦境に喘ぎ、限られたパイの奪い合いに汲々とし続けるとは夢にも思わなかった…。
 掲載に当たって、一切、手を加えていない。原文のままである。経験九年半となった今では考え方に違いが生じている部分もあるが、もとの形のままを示しておく。
「流しだけで営業の成り立つ運転手を目指す」という辺り、眩しい。 (05/03/20 記)]
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流し

 流し、とは、文字通り、車を走らせることだが、タクシーの場合、町中を走らせながら、お客さんを探すことを意味する。
 決して、町中をギターをポロンと鳴らしながら歌を唄って流して歩くわけではない。台所の流し台を思い浮かべる必要も、ない。
 無線が好き、流しが好き、駅やホテル、会社、人気の寿司屋やラーメン店などに付けるのが好きと、運転手によって好みは様々。一般的に流しのみで営業できるのが理想とされている。

駅に付け待ち

 駅には大概、数台程度のタクシーが客待ちできるようなスペースが用意されている。ま、3台程度分だろうか。それさえも、トラックや乗用車に占拠されている場合が多い。そんな中、不況ということもあって、この数年、何処の駅でも空車は10台以上も列を為している。
 待っている間、運転手は雑誌を読んだり、携帯でお喋りしたり、煙草を燻らせたり(最近は、東京に関しては車内で運転手が喫煙をすることは禁止されている場合が多いのだが)、駅を行き交う人の様子を漫然と眺めたり、地図を広げたり、競馬の予想をしたり、欠伸をしたり、屁をしたりする。
 列の途中だし、付近にお客もいないのに、訳も分からず、不意に客席のドアーが空いたり、ウインドーが開いたりしたら、それは、運転手が屁をしたと思っていいかもしれない。
 ちなみに、主人公である運転手君曰く、小生は屁はしない。ゲップもしない(ローンは抱えているが)。なぜなら、空気を運んでいるどころか、霞を喰って生きているんだから、などと嘯(うそぶ)いているが、その真偽のほどは、皆さんが自らの鼻を以って確かめてほしい。

空気を運ぶ

 空気を運ぶとは、タクシー運転手の一部で使われる俗語で、空気を運んでいる、つまり、お客さんを見つけられず、空車で走っているということ。
 お客さんを降ろした直後などは、当然、空車だが、その段階では空気を運んでいるとは表現する必要はない。
 十分…、二十分…、やがて三十分と走っているにも関わらず、お客さんと遭遇できないでいると、焦る心境になり、「空気を運んでいる」と皮肉っぽく、哀れっぽく、自嘲気味に表現してしまうわけである。
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