2004年12月

「米騒動絵巻」の周辺

 Mさん、こんにちは。
 いつも「美術館めぐり」を楽しみに読ませてもらっています。

 さて、今回は「米騒動絵巻」。
 米騒動と聞くと、富山生れの小生としては見過ごすことは出来ません。絵巻とあるのを見て、えっ、米騒動を描いた絵巻なんてあったの、初耳だ、と思ったら、なるほど、名古屋での米騒動なのですね。
 米騒動は教科書にも載るほどの歴史的な騒動として有名で、その事件の発端は富山にあることは知られているようです。
 シベリア出兵に伴い、多量の米が買い占められ、米の価格が暴騰していたという世相が背景にあります。
 年譜的な記載をすると「1918(大正7)年7月23日~9月17日 米価騰貴を原因とする民衆暴動」ということになりそうです。やがては大正デモクラシーに繋がっていくという意味でも歴史的な意味合いは大きいのかもしれません。
 あるいは、下記のサイトにあるように、「米騒動こそ、主婦が自然発生的に立ち上がった、消費者運動の第一号」なのかもしれません。

 ある日、米の価格が暴騰するのは、米が海外へ供出されるからだ、なんとか米の積み出しを止めなければという井戸端会議での噂話から、富山は水橋のおっかちゃんたちが実力行使に出たのが発端のようです。その暴動が一気に全国に広ま
ったわけですね。
 あるサイトによると、「青森・岩手・秋田・栃木・沖縄の5県をのぞく1道3府38県の地域で70万人以上の民衆がおこした騒動」だとのことです。

 不思議なのは、上記にあるように、青森・岩手・秋田などがこの騒動から外れていること。必ずしも豊かとは云えない地域のはずなのに、何故なのでしょう。
 この騒動の発端となった富山に生れた小生は、子供の頃には折に触れ父に「水橋のおっかちゃんたちが…」と、当時の凄かったことを聞かされたものです。
 といっても、父も生れる前の事件で、父の父、つまりは小生の祖父などから聞かされたのでしょうか。
 あるいは小生の家の本家筋は嘗ては豪農だったから、その騒動の渦中にあったのか(あるいは主婦の方たちに押し入られたのか)もしれません。
 シベリア出兵などのための米の価格の暴騰が引き鉄になったと教科書などに記載してありますが、では何故、富山(魚津や水橋)が発端の地になったのかはあまり書いてないようです。
 富山などは新潟ほどではなくても米どころとして有名ですし。
 しかし、実は富山も長く困窮に苦しめられてきた歴史があります。今、NHKテレビで「利家とまつ」を放映していますが、富山も一応は前田の所領の地でした。
 しかし、富山でも大雑把には西側は加賀藩の所領として裕福でしたが、西側の富山藩は、ひたすら加賀藩に冨を吸い上げられるばかりで、苦しい台所事情が続きました。
 まして、富山は何本もの暴れ川を抱えた地域です(暴れ川の御蔭で、治水工事が終わった後は豊かな土壌に恵まれることになり、米どころとなれたという皮肉な面もある)。
 つまりは富山(特に県の東部)は、米は収穫できても地元で食するよりは隣県の石川を初め裕福な地へみすみす積み出されていくばかりだったということです(今は、美味しいはずの一番いいネタ=魚介類が都会へ真っ先に向ってしまう…)。
 米への恨みつらみが重なっていたということなのですね。それと、なんとなく内弁慶というのか、お山の大将的性格の強い男に比べ、女性は働き者で且つ、しっかり者が多いようです(しっかりしていないと貧しかった富山ではやっていけなかった)。
 米騒動を絵巻物に仕立てるような優雅さは望むべくもなかったということです。
 さて、今回で今年は書き納めだそうですね。御苦労様です。これからも旅には到底行けそうもない小生のようなもののためにも、続けていってください。 
 では、また。


 
米騒動
米騒動と小作争議



[「美術館めぐり」の中のMさんによる「米騒動絵巻」という一文へのコメントとして書いたものです。 ( 02/12/22 記)]

タクシーのお客さんとの雑談

 ある日、思いがけない場所でお客さんを乗せた。年末ならではと思えるような場所。
 道は年末・月末・週末の金曜日という最悪の条件のはずだったが、怖いほど空いていて、スイスイ走ることが出来た。運転する小生は気持ちよかった。きっと、お客さんもそうだったろうと推測する。
 話は、景気の先行きのことやら、仕事での出張のハードさやらで、まあ、有り触れた雑談というところ。
 タクシーのほうはどうですかと彼は尋ねる。
「いやあ、ダメですよ。でも、今年は、ちょっと事情が違うかな。ほら、例の事件の影響で、本来なら海外とかに出かける方が、今年は国内に止まってるじゃないですか。その御蔭と言っちゃなんですが、97年以降の年末の光景とは、ちょっと様変わりしてますね。一応、タクシーの立場からすると、回数的には動いているって感じがあります。ま、不況に突入する前の平日程度くらいには、ね」

 が、やがて、話が小生の郷里である富山に及んだ。話の流れで彼が「お国はどちらですか?」と尋ねてきたからだ。
 別に隠す必要もない。それに、実は、別に宣伝という大袈裟な話ではないが、富山を愛する小生としては、折々に富山のことを話題に出して、やや影の薄い富山に少しでも脚光を浴びさせたいという思惑もある。 
 ちなみに、通常、社会人の礼儀上としては、相手側のお国も尋ねるところだが、そこは客商売なので、流れで相手が自分から口にしない限り、敢えて聞くことはしない。
 下手するとプライバシーに触れる恐れもあるので、そこは慎重なのである。
 こちらが自分の話をするのも、相手側の次の話を軽く促すための接ぎ穂で、ただ、お喋りしているわけじゃないのだ。
「富山です」と答えると彼は、
「ああ、富山ですか。富山へも昔、よく行ったな。H電力ってあるじゃないですか、あれですよ。それの関係で、よく行ったんです」
「ああ、H電力さんですか」と軽く相槌を打つ。H電力というのは、富山ではピカイチの企業の一つである。
 それから話が航空機の話になった。確か、テロのことがちょっと話題に出たからだったろう。85年だったか、日航機が墜落した当時、ちょっとでも飛行機が気圧の関係などで揺れると機内で「ご心配ありません」なんて、機内放送が流れたもんだよ、と彼が言う。
「実はね、ちょうどその頃、頻繁に富山に飛行機で行ってたんだ。だから覚えてるんだな。でも、ご心配なくなんて機内放送も、その頃だけのことで、しばらくしたら、エアポケットに嵌って少々落ちても、知らん顔に戻っちゃったな」
 こちらは、ただ、へえ、と、ひたすら相槌を打つ。
「そうそう、富山空港って、変わった空港だよね。ほら、神通川って富山にあるでしょ。その中に空港があるんだね。で、飛行機は河口付近から、まるで川に飛び込むように俎上していくんだね。あれって、ちょっと変わった光景というか、経験が味わえるね」
 小生、嬉しくなって、元気良く相槌を打つ。
「そうなんです。あれって、珍しいんでしょ」ちょっと友達口調に成りがちである。
 汗。
「そうだよ。あんな空港ないよ。日本全国の空港を知ってるけど。ないよ、あんな空港」
「へえ」と答えて、内心、ほくそえむ。改めて郷里を思い出し、自尊心が擽られてしまった。(そうか、やっぱり珍しいんだ)と再認識してしまったものだ。
 森の石松の心境である。
「それからね、富山空港って冠水しても大丈夫なように出来てるんだよ」
 これは初耳である。そうだったっけ。でも、調子のいい小生は、知った振りして相槌を打ってしまう。汗。
「富山空港って、神通川の河川敷というか、神通川のど真中にある空港だから、工夫してるんだな」
 もう、小生は正直に言うと、二度しか利用したことのない富山空港のことを思い浮かべて、感無量である。このままタクシーを富山へ走らせたいくらいだ。

 タクシーは相変わらずスイスイと走りつづける。向かう方面が、通常なら高速を使う地域で、一般道を走る車は少ないのが幸いしていたんだろう。そのお客さんが乗られた場所も、高速の乗り口には不便だったし、環状線がガラ隙だったこともある。賢い道の利用の仕方だ。
 高速の下をひたすら走る。ここまで一般道を使って来たことはないので、小生にも風景が興味津々である。
 話は、テロに鑑み、原理主義者の問題に及ぶ。
「原理主義者の連中を気が狂ってるとかって、言うけど、そんなことはないんだ。そんな気の狂った連中があんなこと、出来るわけないよ。事件はとんでもないけど、でも、あの企画力というか、団結というか、メンバーへの教育という面では、凄いと感じるな」
 さすがにビジネスマン的観察というところか。
「そうですよね。連中は、彼らなりの価値観で生きているわけで、それを我々から見たら狂気の沙汰と映るけど、でも、逆に連中からしたら、アメリカや日本なんて、経済的繁栄ばかりを追いかける、狂った連中だと見えるんでしょうしね」
 そこから、ユダヤ人問題などに話が飛ぶ。
「あの、パレスチナ問題だって、ユダヤ人が、聖書に基づいて、ここは約束の地だから、俺たちのモノだって、アラブ人を追い出して占領したわけでしょう。とんでもない話ですよね。それこそ、突然、縄文人が、何かの文書を持ち出して、ここ(日本本土)は俺たちのものだ、出て行けって、言われるようなものじゃないですか」
「あのね、インディアンの話、知ってる? インディアンってのは疫病で、相当数がやられたって、最近の研究じゃ、なってるよね。でも、あれって変なんだ。だって、白人が侵略したから、その結果、疫病が流行ったんだから」
「そうですよね、インカ帝国だって、スペイン人に殺されたのは少なくて、実際には、白人の持ってきた病気に免疫のない現地人がバタバタ、死んじゃったわけですからね。やっぱり、侵略があったから、病気が流行ったわけで。直接の死因は伝染病だとしても、その切っ掛けは侵略にあるわけで」

 やがて、話題がまた、景気の話に戻っている。いつだったか乗ってもらったお客さんと同じような意見を述べていたのが興味深かった。彼も、もっと、日本人は自信を持っていいはずだと話す。セイフガードで、中国からの安い産品の流入が問題になってるけど、でも、どんな製品を作るにも、日本人の手の掛かっていないものはないんだよ、と強調するのだ。
 野菜もそうだけど、電気機器だって、部品の相当程度は中国で作るし、作れるけど、その残りのほんの数パーセントの日本製の部品がないと、動かないものって、実は多いんだよ。
 日本は技術力で勝負すべきなんだ。蓄積された技術力の優秀さをもっと自覚していいはずだよ。どうも、今、日本人は過剰に自信喪失状態になってるね。
「小泉さんの改革が支持されてるけど、思うに、何のための改革かってことを小泉さんが、あまり言わないってのがあるんじゃないですか」なんて、偉そうな意見を、ち
ょっと差し挟んでみた。
 これは相手の意見をもっと引き出すための常套手段である。
「わたしゃね、その、改革は必要だと思うんですよ。でも、じゃ、改革してどうなるの、なんのために改革するのっていう、目的というか、理念が見えない気がするんですよ」
「今の改革って、大蔵省の主導でやってるじゃないですか。連中って、財政の立て直ししか視野に入ってないような気がするんですよ。だから、改革したら、どうなるってことが言えないような気がするんですね。改革したって、財政事情が改善されるだけで、肝腎の国民は痛みを堪えるだけって気がしてならないんです」
 また、また気が付かないうちに友達口調になっている。汗(第一、とっくに大蔵省は財務省に変わっている)。
 でも、実は、お客さんと小生は、ほぼ同年代だと初めの頃に確認しているのである。それで彼が、社交辞令もあるが、気安く話せますね、なんて、助け舟を出してくれていたのだ。小生は、その舟に、ちょいと乗せてもらっていたわけである。船酔いするまでは、乗っていこうってわけだ。
「うん、そうね、でも、要するに自力で頑張るしかないんじゃない? ああ、この先の二つ目の信号のところで右折して下さい」
 そろそろ目的地に近いことを感じる。纏めに入ったほうが良さそうだ。
「私はね、今の不況をね、災い転じて何とやらで、みんな足元を見詰めなおして、今までの自分のいいところ、悪いところを反省して、で、勉強しなおすチャンスだと思うんですよ」なんて、また、偉そうな意見を吐く。
「そうだね。チャンスにしないとね。ああ、そこの路地に入って」
「ああ、あの一方通行の道ですね」
「そう。ま、元気出してやってくしかないね」
「我慢比べですね」車を滑らかに停める。
「そうだね」
「我慢して、辛抱するしかないですね」
「うん、お互い、頑張ろうね。また、会いましょう」なんて、お客さんに言って貰ったりした。
 とにかく気持ちよく、お客さんに乗ってもらうこと。夜半を相当に回っている時は、ひたすら沈黙を通して、お客さんの居眠りの邪魔をしないようにする。
 でも、今回のように夜半前だったりすると、お客さんの話への乗り具合によっては、お喋りに花を咲かせることもある。年末の週末であるにも関わらず、渋滞に一切、巻き込まれなかったし、小生もお客さんも気持ちよく一時を過ごせたのではないかと思うのだ。
 さあ、次のお客さんを探しに行こう!

 富山空港のホームページ
 工事中の富山空港の姿が見られます
 富山空港や富山の中心を流れる松川を題材にした小説「未来派小説 旅情ただよう
街 とやま
」 =富山が水の都だなんて、小生は初めて知った!



                        (01/12/22)

お客さんとのお喋りから

 これはタクシー運転手とお客さんとの会話である。
 会話といっても、お客さんにはお酒が入っているし、運転手は主に聞き役で、まあ、お客さんの酔った勢いでのお喋りを聞き流しているといったほうが、状況の説明としては近いかもしれない。
 但し、実話かどうかは、保証の限りではないし、実際に聞いた話だったとしても、別にテープに録音しているわけじゃないから、ほとんど作り話になっていると思っていいだろう。
 
 とある町角で、三十路に入りかけと思われる男のお客さんを拾った。お酒が入って、ちょっとほろ酔いで御機嫌のような、でも、顔の表情は何処か厳しい感じが漂っている。何か不満に思うことでもあったのだろうか。
 こういう御機嫌が斜めの可能性のある時は、特に気を使って運転する。走るコースも、お客さんに確かめつつ細心の注意を払って選ぶ。交差点を曲がる時も、お客さんの体が斜めに傾くことのないよう、ゆっくり、じんわりと走るのである。急ブレーキの類いは厳禁である。
「この道で宜しいですか?」
「ああ」
 しばらくして、更にお客さんは、細かくコースを説明する。幾つかの交差点の名前や道路の名前を挙げて指図してくれたのである。曲がるポイントさえ分かれば、運転手は走る道をパッと頭に映像として描くことができる。
 同時に、そのコースが時間的に最適なのかどうかのシミュレーションを道路の風景を思い起こしつつ始める。これは運転手の習性のようなものだ。
 お客さんが示したコースは、運転手の立場で考えても最善のように思われた。
 コースが最終的に決定した後は、安全であることは勿論、丁寧な運転を心がけるだけで、他に留意点もなく、ちょっと余裕である。ふと、お喋りでもしてみようかと、一言、語りかけてみる。
「なんだか、年末だというのに人手が少ないですね、未だ夜半を回ったくらいなのに」
 これは、釣りで言えば針をちょっと垂らしてみたようなものだ。これで話に乗ってこないか、気のない返事だったら、もう、次に語りかけることはやめて、運転に専念するのである。小生はお喋りも好きだが、静かに夜の町を走るってのも気楽だし、好きなのである。
「ああ、なんだかね」
 簡単な返事だが、話し掛けられるのをまるで嫌っているようでもない。これは、お喋りの脈がありそうだと小生は、感じている。お話は、いつしか、最近の若者論に移っている。
「そういえば、最近の若者って、大人しいですね。お酒を飲んでも喧嘩もしないし」
と小生。
「そうだね。まあ、みんな大人しいや」
「別に喧嘩を奨励するわけじゃないけど、でも、若いんだし、飲んだ勢いで喧嘩するってことだって、あってもよさそうじゃないですか」
「ま、そんなでもないけど」
「みんな、何か、分別があるっていうか」
「結構、ストレス、溜まってんだけどな、若い連中だって」
「きっと、今の若い人って、子どもの頃から、自分を抑えるってことに馴らされてるんじゃないですかね。周りの目を気にしたり」と、小生。
 何処となく、会話を無理強いしている雰囲気が漂っているように感じ始めている。やはり、お客さんの口が重い。
 ここらで話の接ぎ穂を摘み取っておこうかと、小生は迷いだす。すると、
「いや、元気がないのは、若い連中に自信がないからさ」とお客さん。
 お、何だか喋りだしそうだぞと、感じる。
「今の連中がダメなのは、教育のせいさ」来た、来た。
「今の教育を一番、ダメにしているのは誰か、分かるか」と、畳み掛けてくる。乗ってきたぞ、と、小生は内心、思っている。
「やー、誰でしょう?」と、惚けておく。下手に明確な意見は出さない。政治と宗教は、社会に出たら、変にマジになって話してはいけないってことは、大人の常識。
 まして、相手はお客さんなのである。
「日教組さ。あいつらが一番、教育をダメにしてるんだ」
「ああ、なるほど」
 反論したい気持ちを抑える。別に日教組の方々に義理もないし、弁護に回る必要もない。小生としては、日教組も悪いが、教育委員会も悪いし、文部省だって愚かだし、何と言ってもダメなのは親どもだと思っているのだ。無論、当人たちが実は一番、問題なんだけど。
「あいつらはよ、日の丸の掲揚がダメだとか、国歌を歌っちゃダメだとか、そんなことばっかり言ってるじゃないか、それだから若い連中はダメになっちゃうんだよ」
「なるほど」
「国旗がダメだ、なんて言ってるけどよ、サッカーとかやってると、みんな、日の丸の旗、振ってるじゃないか、それでみんな一所懸命なんだ、試合に熱中しててさ、そうだろ。なのにさ、学校じゃ、先公どもがよ、国旗がダメだって言うじゃないか。これじゃ、子どもは迷っちゃうよ。自信がなくなっちゃうよ。どうすればいいのか、分からなくなるに決まってるじゃないか」
 小生は、ひたすらフムフムと聞くばかりである。しかし、聞き役に徹するのも面白くない。かといって、正面切って反論するのも大人げない。
「でも、今は、国旗も国歌も法制化されてるから、大分、違うんじゃないでしょうか」と、遠回しに反論してみる。
「そんなんじゃ、ダメなんだよ。それじゃ、先公どもが、嫌々だってことが、子どもだって、分かるじゃない。やっぱり、心底、日の丸の旗を素晴らしいって思わなきゃ、ダメなんだよ」
 それは一理あると思う。でも、戦争中のことを思うと、なんて小生は心の中でグズグズ、反論めいたことを呟いている。お客さんは、口が滑らかになってきて、止まらない。
「今よ、小泉首相が人気、あるじゃん。支持率も高いし。靖国とか行って、反対もあったみたいだけど、でも、小泉首相の人気って凄いだろ。あれって、やっぱり、大衆の本音なんだよ。日の丸の旗、振って、何が悪いって、靖国に行くのことの何処が悪いんだって、そういう気持ちを代弁してるんだよ」
 靖国、靖国、靖国…。
「戦争とかあったらさ、みんな、何を頼りに戦うっていうんだ。国のためだし、日の丸じゃないか、それがあるから、血を流せるんだろ。ああ、そこ、右、曲がって」
「はい」小生は、ひたすら指図に従う。
 さて、おカネを頂戴し、お客さんを無事、降ろして、また、都心へ向かう。
 話が妙に深刻なほうに行ってしまった。きっと、お客さんに憤懣が溜まっていたんだろうと思う。戦争が起きたら、なんて、考えたくもない。
 けれど、好きで戦争が起きるわけじゃないし。そんな時、命を賭すための究極の原点って何なんだろう、愛国心とか国旗とかって何なのかと、考えざるを得なかったのだった。
 遠くに暴走族が、アクセルをブンブン回して走っている音が聞えている。あいつらも、いつかは大人になるんだろう。お役人や政治家や先生方とは違って、社会的ステータスが大人になった将来でも、得られる見込みは、彼らには薄い。
 彼らが大人になる時の、自分を納得させる足場って、何処にあるんだろう。戦争になったら、社会的地位も縁故もない我々みたいな連中が真っ先に戦場へ送り出される。
 その時、どうやって自分を納得させたらいいんだろう。
 あるいは、開戦を決めて若者を戦場に送り出す連中は、どう、若者や大衆を説得させるのだろう。やっぱり、国旗とか愛国心とか、お国のためにとか、英霊とかって持ち出すしかないんだろうか。
 ま、戦争がないに越したことはないんだけど。



                    (01/11/20)

アンダーパスのこと

 小生は東京で暮らしている。
 今はスクーターだが、前はオートバイに乗っていた。もう、免許を取得して四半世紀だろうか。
 ところで、路上を走っていて、戸惑うことはいろいろあるが、その一つにアンダーパスがある。大きな道路の下を潜る道路である。
 昔はともかく、暴走族対策なのか、それとも、アンダーパスで事故が多いせいなのか分からないが、アンダーパスによってはオートバイの通行禁止だったり、原付のみ禁止だったりする。
 近くによって見れば、ちゃんと表示してあるわけで、自分の車種が通行していいのかどうか、分かるのだが、アンダーパスに入る、そこそこの距離の時点で、入るかどうかを決めなくてはならない。 
 ところが、その表示が、原付もオートバイも、遠くからでは区別し難いのである。
 いつも通る道なら、一度の経験で覚えておくこともできるが、初めての道の場合、随分、戸惑うのである。
 なんとか表示を工夫するか、でなければ、車線が片側一車線ならオートバイも原付もダメ、二車線なら原付はダメだがオートバイはOK、三車線なら、全車種OKにするとか、何か統一した基準が欲しいと思う。
 大体、アンダーパスを使わないと、余計な渋滞の中を走る羽目になり、それこそ無用な事故の増大に繋がりかねないし。



                      (01/10/07)

タクシードライバー徒然日記

 小生はタクシードライバーである。リストラをされたのが94年の3月。それから散々迷った挙句、運転は嫌いじゃないし、サラリーマンには二度となりたくないと思い、95年の春になってタクシー業界に飛び込んだ。 
 しかし、そこで入所(入社)に際して義務付けられている健康診断で引っかかったりして、それに二種免許の試験に戸惑ったりもして、何とかタクシードライバーになれたのが95年の9月になってしまった。
 予想以上に仕事に携わるまでに時間が掛かり、その間の生活費など借金が嵩んで懸命に働いたものだった。
 東京在住の小生は、当然、東京での営業となる。それまで多少はサラリーマン時代に車で都内を移動したことはあるし、普段の足はオートバイなので、平均以上には都内の地理に親しんでいたものと思っていたが、これが、実際の営業には全く通用しなかった。
 この道に精通するまでの道のりは、これはこれで結構な中身のある話になると思うので、今後、追々語っていきたい。
 実際、その前に二種免許を取得するにも小生は並々ならぬ苦労をした。二種免許は警察の運転免許試験場で、警察官の立会いの下での試験になる。もちろん、練習などはタクシー会社指定の自動車学校でみっちりやるのだが、実際の試験は、これまた別物である。
 生来の臆病者で、しかも警察官を見ると何もやましいことがなくても目を背けてしまう小生である。試験のときは足がビビッテしまって、クラッチがちゃんと切れないし、つなげないのだった。隣に警察官がいると思うと、小生の過去のあれこれが脳裏に浮かんで、そのうち警察官に心中が読まれ、そのうち逮捕に至ってしまうのではないかなんて、想像の翼は果てしなく広がるのだった。
 で、二度ほど落ちて、三度目にやっと合格したのである。
 試験場にはレンタカー会社でマニュアルシフト車(日産のセフィーロ)を借りて試験場までの足にしたり、数々の我ながら涙ぐましい努力を重ねたのだったけれど。
 ところで、さて、せっかく、こうして日記を綴っているのだから、多少は小生の経験からタクシーを利用される方の役に立つ(かどうか分からないけど)情報を提供しようと思う。
 例えば女性などで、手を上げてタクシーを呼んだのに、実際、空車だったのに止まりもしないで行過ぎてしまったという経験をお持ちの方が、結構いるようだ。しかも、念の入ったことに、一旦、近づいて、スピードを緩め、それからやおら走り去っていく…、なんてケースもあるらしい。
 勿論、そんな行為をわざとするタクシーの運転手など論外で、同業者としても憤慨に堪えない。
 しかし、小生がタクシーの運転手として似たような状況に遭遇してみると、無理からぬ場合がなくはないのである。
 例えばそれは往々にして夜や雨の時に多いようだ(これから述べることを理解してもらうと、実は天候などの条件に左右されないことが分かってくると思う)。
 さて、空車のタクシーが走っている。当然、こちらとしてはお客さんを探している。何とかお客さんを乗せたいという気持ちで一杯なのである。
 そこへ、遠くのほうに人影らしいものが道端に見えるではないか。
 もう、こっちとしては喜び勇んで(ここまで言うと大袈裟に思われるかもしれないが、今の不況を思うと必ずしも誇張ではないのだ)そっちへ向かう。遠くだったかもしれないが、確かに手をチラッとかもしれないが上げたはずである。気のせいの可能性もあるが、しかし、こっちとしてはお客さんであることを期待しているのである。
 が、困ったことに近づいたのにもかかわらず、その女性は(多くの場合は女性である、時折は横柄な男性のケースもある)ゆっくり近づいてきた当方に向かって何のアクションも起こしてくれないのである。
 それどころか、一旦は長い髪で顔を見えづらくしたり、あるいは俯いてしまったりする。
 そうした行為、仕草は結構、女性特有のもので、あまり人に(他人に)自分の顔や姿をジロジロ見られたくないという無意識に近い、ナイーブな、ありがちな振る舞いなのではあろう。
 が、こちらとしては往来を走っているわけで、お客さんでもない女性の前で止まるのも、これまた奇妙なものである。下手すると女性にあらぬ誤解を生む恐れもある。
 でも、お客さんかもしれないという期待の下、ソロソロ近づいていく。
 が、やっぱり女性は近づいたタクシーに何のアクションもしてくれない。
 で、こっちはがっかりして、遠くで女性(お客さんらしき人)の姿を見たし、手も上げたらしい、ぼんやりとした動きを見たような気がしたんだけど、やっぱりあまりにお客さんを長く乗せていないので、期待のあまり見間違えたのかと、スピードを上げて立ち去る。
 すると、通り過ぎてからやおら女性(可能性の中のお客さん)が頭を上げ、こちらを呆然という表情で(これは推測)こちらを見ているのがバックミラーに映る。
 こっちは通り過ぎても未だ、未練が残っているのである。
 さて、このケースの場合、勿論、第一義にはタクシードライバーの側の不注意、観察力不足を指摘されるべきだろう。
 が、敢えて誤解を恐れずに言うと、女性の側も、遠くでタクシーに手を小さくでも振ったからいい、もうタクシードライバーは分かっているはずだと、近づいても何のリアクションもしない、それどころか、俯いて自分の服装のチェックをするのは、その女性にとっては自然の行為だとしても、ドライバーからしたら、「あなた、誤解ですよ、私は客じゃないですよ、その証拠に俯いたじゃないですか」と受け取りかねない行為なのだと理解するべきである。
 つまり遠くで手を振るだけで満足しないで、近づいた時、可愛らしくでもいいから、ちょっと手を再度、上げて欲しいのである。これでタクシードライバーのほうも安心して行動で、女性(可能性の中のお客さん)の傍に車を止められるのだ。
 こうしたケースを考えてみると、雨や夜に起こりがちではあるが、昼間であっても、天候が良くても起りえるケースだと分かって戴けるかもしれない。
 これがもっとベテランになり、少々図々しい人なら、間違ってもいいから、あるいは手を上げていないことは分かっているにも関わらず、道端に立つ人の傍に車を付けられるようになるらしい。
 つまり間違っていても元々、仮にお客さんだったら儲けものという発想法なのだろう。これが新人や、やや内気なドライバーにはなかなか出来ない。職人技というべきかもしれない。
 今日は、いきなりマニアックなケースについて述べてしまった。
 機会があったら、別のケースについて述べてみたい。



                       (01/06/25)
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